ふと(今日のおかず「Half-Life」)

もう、いいんじゃないかな。全部やめてしまおう。と、様々な状況においてそう思う瞬間ってありますよね。

全部やめてしまって良いんでしょうね、本当は。良いと言うか、誰がそれを決めるのか?って話ですけどね。

自分の中の正しい事とかそうでない事とか、やりたい事やりたくない事、他者からの評価や期待等色々絡み合って、各々の場所に居るんだと思います。だから続けてこれたんだろうし、辛くもなるのでしょうね。

やめたいけどやめれないという状況は、時に美徳だったり、怠惰だったり、色々でしょうけど、もう無理だって思ったんなら、仕方ないんだと思います。自分のある決意の元始めた事だとしても、誰かに、何かに強制されて始めたことだとしても、もう無理なんですから。もう無理だと思う背景に、苦痛、疲労、自身の能力の限界や精神の限界があるんでしょうから、誰もがそれと同じだけの辛い状況に陥ったら、そう思うはずです。自分なら大丈夫、乗り越えられると、その状況に陥る前は考えがちですけどね。

でも、全部やめてしまおうと思って、本当に全部やめてしまうことって、時にとてつもない勇気や行動力が必要になります。その瞬間的な辛さときたら、無理やりにそれをもうしばらく続けること以上だと思います。あるいは、後に遅い来るかもしれない後悔の念に対する恐怖もあるでしょう。何かをやり続けるという事は、それが長くなれば長くなるほど、いろいろなものが絡み付いてきますね。ある時は、支えにもなりえたのでしょうけど。

だから多くの場合、その足に絡みつく物をブチブチと断ち切って進むことができずに、本当に立ち続けることすらできなくなって、その場に倒れこみ、どこかに進む体力すら残ってないような状況になりがちなんでしょうね。もう無理だと思っても立ち続けて、別の場所に行こうにも、足は動かせなくて、本当に体が全部動かなくなった頃に開放、あるいは破棄されても、もう当分はどこにも行けない。動けないうちに、動けない故に体は痩せ細って、体力気力の最大値はどんどん減っていって、何とか歩けるかもと立ち上がった頃には、周りには何も無い。

だから、そうなる前に、もう無理だって思った時に、まだ間に合ううちに、全部やめてしまえたらいいのになと思います。そんな状況になってもお前が悪いなんて言われたら、それこそ終わりですけど、そんな状況で、もうやめるしかない状況でやめてしまうことが、間違っているわけがないと思います。それでも、それだけわかっていても、絡みつくものを断ち切ることができない場合がほとんどでしょう。得てしてそういうものですね。全ては行動するか否かなので、自分の中から搾り出せる勇気と行動力にかかっています。しかし、それらが十分にある人は、そもそもこういう状況にはなかなか陥ることは無いでしょう。

 

あるいは、もう無理だとどれだけ思っても、そこまでの流れを全部覚悟した上で、自らの意思でそれを続けるという場合もあるのかもしれません。体が動かなくなっても、絡みつくものを利用して、もっともっと巻きつけて、無理やりに固定して、立ったまま死ぬということです。

 

 

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立山